シンポジウム6 9条の危機と未来

日本の市民がめざす「戦争なき軍隊なき世界」
2008年5月5日 午後4:00~6:30
国際会議室



中村桂子(ピースデポ 日本)

パネリスト:
浅井基文(広島平和研究所 日本)
キャスリン・サリバン(軍縮教育家 アメリカ)
アリス・スレーター(核時代平和財団 アメリカ)
吉田一人(長崎の被爆者 日本)

イラクでの航空自衛隊活動は憲法9条違反である――2008年4月、歴史に残る名古屋高裁での判決が下された一方、戦争放棄を謳う憲法9条は日米両政府や経済界の圧力によって危機的な状況を迎えている。そのような時代を受けて「9条の危機と未来」というテーマを掲げたこのシンポジウムは、まず2人の発題者によるスピーチで幕を開けた。


最初の発題者、経済同友会終身幹事・財団法人国際開発センター会長である品川正冶さんは次のように語った。

――戦争を国家の目で見るのか、人間の目で見るのかが決定的な違いだ。現代の戦争は必ず爆撃やミサイルを伴い、罪のない母子や赤ん坊を殺す。そんな戦争はもうやらない、というのが、人間の目で戦争を見たときに生まれた日本国憲法9条の精神である。また、経済も人間の目で見るというのがこれからの我々の在り方。日本とアメリが価値観を共有しているという考えから抜け出、経済成長の果実を国民で分けることこそが人間の目で見た経済である。9条についても、日本国民が主権を発動し改憲にNOといえば、日米の価値観がまったく違うということを世界に宣告することになる。そうすれば日本だけでなくアジアが変わり、アメリカの世界戦略が変わらざるを得なくなる。日本人の主権の発動が世界史を変える、そんな機会にいま我々は置かれているのだ。


続いて、早稲田大学法学学術院教授・水島朝穂さんは、「9条の規範力」というテーマから次のように話を展開した。

――集団的自衛権の駆使のために、政府が憲法改定を推し進めようとやっきになっていること自体、9条が存在するがために戦力を持たないという「規範力」を発揮していることになる。9条を変えないことの積極的な意味とは、一つめに軍事的合理性を否定し「平和的合理性」を提示していること。二つめに、軍事目的によって市民が権利や自由を侵害されないハードルの役目を果たしていること。三つめに、9条は日本国民だけのものではなくアジア諸国に対する平和の国際公約の役割を果たしていることである。現実を踏まえた冷静な思考で、9条規範の方向に軍事化する現実を変えていく努力が求められている。


2人の発題の後、音楽評論家・湯川れい子さん、ピースボート共同代表・吉岡達也さんのコーディネートにより、「伊藤塾」塾長・伊藤真さん、神戸大学大学院教授・ロニー・アレキサンダーさん、精神科医・香山リカさんが登壇し、パネルディスカッションが展開された。


伊藤真さんは、9条の政治的な意味という観点から、憲法9条という道具(力)を使うことで政治や世界を変えることができると語った。憲法は国民が主体となって国家権力を拘束するものである。私たちの生活を良くするために、政府に戦争をするな、軍事費を削減せよと言うことができる。同時にそれは自分自身に跳ね返ることになり、本当に非暴力に徹しているかを振り返るきっかけとなる。9条の根本には徹底した命の尊重主義があることにもう一度向き合うこと。そして憲法の規範力を支えるのは私たち主権者だという意識を高め、憲法の存在意義と役割を広めることが9条の未来につながると話した。


ロニー・アレキサンダーさんは、午前のワークショップで参加者が作った、平和へのロードマップの絵を広げて見せた。非暴力、平和、多様性、創造性・想像性というキーワードから、平和って何?というのを表現するのは言葉だけでは難しいが、私たちが想像できない世界はつくれない、だから平和の準備として政治、経済と同時に想像力を高める教育が必要だと語った。ちなみにロニーさんはネコの耳としっぽをつけて登壇し、「平和を人間だけで考えるのは不平等。今日はネコ代表で来ました」とユーモアたっぷりに話した。


香山リカさんは、精神科医という専門的立場から、戦争が影響を与える心の病について話をした。生活の場が戦場になっている市民や、家族を戦場に送った市民の心の病が考えられがちだが、戦争が終わった後も戦争体験が長らく心をむしばむ可能性、さらには実際に戦争状態にいなくても、世の中が戦争に少しでも近づくと自分が戦争に巻き込まれるのではないかというような妄想が発展する例も少なくない。戦争や軍隊が人々の心の根源的な恐怖を呼び起こすことに触れ、心の健康の問題に取り組むなら「戦争ストレス」から心を少しでも遠ざけることが必要だと説いた。


3人の発言を受け、コーディネーターの湯川れい子さんから「誰がなぜ憲法9条を変えようとしていると思うか」という質問が飛んだ。

アメリカの影響、その影響力のもと権力を守られている日本の政治家、資本家としての利益しか視野にない経済家、などの答えとともに、ロニーさんは、それだけではなく「強い力が勝つ」という論理にすがる有権者、私たち自身の弱さ、とも触れた。

また香山さんは、力の論理=男性性に根付いた考えに触れ、改憲論は日本の国力に自信が持てなくなった政治、資本家たちが失いつつある力を補強するための「精力剤」のようなものだと表現した。水島さんはさらに、権力者が改憲を唱える「空気を読みすぎ」てメディアが煽り、より強いものに迎合したがる「帝国的市民」によるものでもあると答えた。


9条の未来をどう見るか。伊藤さんは、自分が主権者であるという意識が大事という点を強調すると同時に、「強い・大きい=幸せ」ではないという価値観の転換が必要だと主張した。それを受け、想像力・創造力を活かす平和教育の大切さを訴えるロニーさんは、「敵」とされる人との接点・共通点を見いだし暴力性をなくしていく方法を説いた。同時に、香山さんは現実を視野に入れ、この9条世界会議の一歩外では、「憲法9条を守ろう」という声に冷ややかな見方が多数であることを無視すべきでない、と指摘した。


さまざまな角度から考え語られたこの9条の持つ意味をもっと広めていくことが大切だ。9条を失えば日本は紛争地にとっては「殺す側」となり得る。紛争を抱える世界にとって、9条は絶対的な賛成を得るのだ。ここで築いた信頼を新しい力として、9条をゴールに見据えた世界をつくっていく、それが9条の未来だという意見で、このシンポジウムは幕をおろした。


(文責:チョウ・ミス)
投稿者:金熊 | 分科会レポート | comments (0) | trackbacks (0)

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